「(無題)」


うそ……
うそだろ……
どうして……
どうして、こんな目に……
獏良は驚愕に見開かれた目を真っ直ぐ前に向けている。
逸らしたいのに逸らせない。
悪夢と思いたい、恐ろしい現実から。
行き交う人々の中に放り出された自分は、直視できない姿をしていたのだ――――――。


「う…うぁ……」
獏良は怯え後ず去る。
トン・・・
背に無機質な塊を感じ、もう後がないことを知った。
この場所≪心の領域≫において獏良に行き場が無いことは、従分すぎるほど知っている。
それでも獏良は逃げることを止めない。
暗い世界を手探りで放浪する。“彼”に掴まるわけにはいかない。
それこそ本当に逃げられないだろう。
体も・・・、心も。
『くくく…』
楽しそうな笑い声。否、実際楽しいのだ。
“彼”はそういう奴だ。
自分の怯え震える姿を、至上の喜びとしている。
『ほらどうしたよ、宿主様。じっとしてても出口は見つからないぜぇ』
「くっ…」



萎える足を奮い立たせ、獏良は前へ進んだ。
どこから聞こえてくるのか、姿は見えない。
遠くから  前から
   後ろから  上から・・・
時には直ぐ耳元から聞こえる“彼”の声。
恐怖を煽り、絶望を知らせる。一抹の希望も与えそして

      愛を囁く


『さあ…。時間だ』
獏良の肌は粟立った。
涙が出るほど 縋りたくなるほど 優しい声音が恐ろしくて。
『三時間経ったぜ、タイムリミットだ宿主』
近くから聞こえる。
“彼”は直ぐ側にいる。
間違いなく三時間ずっと、片時も離れずに。
『喜べ宿主さま。楽しい楽しい罰ゲームの時間だぜ』
その言葉に獏良は足元が崩れていくのを感じた。



優しい絹ずれの音がした。
黒しか映さない獏良の瞳に赤が混じる。
美しい光沢を放つ朱のリボンが、生き物のように自身の体を取り巻いていく。
獏良はそれを無感動に受け入れていた。
それが体に触れた。
ひんやりした絹を感じて、獏良は自身が裸体であることに気が付いた。
男のものよりは肉がついている尻に、形の良い胸。
獏良は精神世界においては女でいることを強要されていた。
逃げてる間は間違いなく服を着ていたのに、いつ裸体になったのか。
そんなこと、獏良は不思議にも疑問にも思わない。
心の領域に物質など存在しないからだ。
服は服にして服にあらず。
意思次第でそんなもの、どうにでもなる世界なのだ。
“彼”の意思で、獏良の整った白い裸体を庇う衣服が、取り払われたのだろう。

しゅるり・・・
リボンが体を這っていく。
そっと優しく
丹念に
敏感な部分は特に時間を掛けゆっくりと。
「ぅ…ンん……」
出そうになった声を、獏良は下唇を噛んで堪えた。
リボンの後を追うように体を這うものがあった。
“彼”の視線だ。
ぬめる蛇を思わせる、ねっとりした視線。
優しい絹紐を辿って舐め回す。
後は快楽という名の足跡が残る。



どれだけそうしていただろう。リボンに体が埋め尽くされる―――。
そう思った矢先、リボンの動きが止まった。
ふわりとリボンの端を持った“彼”が姿を表した。
歩いてきたのではない。初めから“彼”はそこにいたのだ。
獏良は顔を上げて。
「あ…っ」
恐怖した。
“彼”の表情は冷徹そのもの。
恐ろしいほどに何も映していない。
ただ、眼。生命を瞬時にして凍らせ、生命活動を停止させる冷たい瞳。
同じなのに真似できない、鋭い眼に全ての感情が宿ってる。
怒り 苛立ち 憤り そして、嫉妬。
それらに囲まれて大輪の華を咲かせる、たった一つの美しいもの。
赤いリボンに彩られた、自分自身。
“彼”は片膝をついた。
まるで獏良を絶対的な主だというように、恭しく。
「綺麗だぜ…、宿主。さすがはオレの魂を宿す主だ」
一度頭を下げると、“彼”は音もなく立ち上がった。
目線を獏良と同じくする。
頬に冷たいものが触れた。それが“彼”の手だと判るのに数秒を要した。
顔を近づけられる・・・吐息がかかるほどの距離。
「綺麗な体、脆い心、可愛い性格…。申し分ねぇなぁ。―――だが、よぅ…」
「ッーー!!」
髪を鷲掴みされた。痛みを訴える隙も与えず、引き倒される。
自由の利かない獏良の体は、無様に床に転がる。
すかさず“彼”は覆い被さり全体重を掛けてきた。獏良の体を床に押し付ける。
床の冷たさが無遠慮に、獏良の背中を刺激する。
「オレ様に逆らうってーのはいただけねぇなぁ」



首に“彼”の手を感じた。――締め上げられる。
「最後のチャンスだ。言葉を言いな。今言えば強姦だけで済ませてやるよ」
「…う…ぅ」
首が締められ思うように口を開けない。
獏良は渾身の力を使って、なんとか口を開いた。
「い、う…もの、か…。バレンタインに…、ボク、が、誰と過ごそうと……。はっあ…。自由だろ…。
お前には関係、ない…っ! うっ!グ…ゥ」
強情な…っ。
首に掛かる力が強まった。自身の腕はリボンによって一まとめに拘束され動かせない。
顔を捩って息苦しさから逃れようとするが、馬乗りになった“彼”が邪魔でままならない。
不意に、重さが消えた。
同時に喉も解放され、貪るように獏良は空気を吸った。喉が焼け付くように痛み、目じりに涙が浮かぶ。
立ち上がった“彼”は背を丸めて空気を貪る獏良を見下ろして、舌打ちした。
その姿に激しい憤りと、欲情を感じる。
「強姦以上の辱めはないとでも思ってるのかよ…。まぁいいさ、
ご主人様に最高の快楽を感じさせて差し上げましょう」

“彼”は指を鳴らした。
「さぁ、楽しいショーの始まりだ」

闇の世界が瞬時にして光の世界になった。

「―――――」
獏良は堅く両目を瞑った。瞼を通して突き刺す光は強烈で、拘束されたままの両腕で顔を覆った。
ほどなくして光の住人である獏良は、光を受け入れていた。
何が起こったのか、知ろうとして、両手をどけ、両目を開く。

開かれた目に飛び込んできた光景。
それはよく知る風景、近所の一角。
―――――――――外の風景。



一軒家が立ち並んでいて、植えられた木が見える。野良猫が側で鳴いている。
人が行き交い、自転車が目の前を通り過ぎた。
母親の手に引かれた子供は幼稚園帰りだろう、黄色い帽子がよく目立つ。
買い物袋を下げたおばさんは、近所の人だ。
この間、電話を掛けようとしても公衆電話が見付からなくて、困っていたからボクの携帯電話を貸してあげた。
凄く凄く喜んでくれた笑顔は、今でもボクの宝物の一つだ。
余りの状況に、獏良はすぐに状況を判断することができなかった。
少しずつ、状況が処理されていく。理解し、受け入れて。
「―――ッ!!!!」
獏良は驚愕に体を震わせる。
自身の格好は変わっていない。
裸体に赤いリボン。ぐるぐる巻きにされてはいるが、覆い尽くされていない。
リボンとリボンの合い間から、白い素肌が覗いている。
唯一異なる色した、小さな二つの果実は、きれいにリボンに包まれている。
しかし、それだけに微妙な脹らみが欲を刺激する。
自身の女を象徴するものは、無防備に外気に晒されていた。
「あ…う……」
声も出ない。逃げようにも、体が衝撃に強張ってしまっている。
何もかもが意思どおりに動かない―――。
「どうでしょう宿主様、気に入っていただけましたでしょうか? 楽しい趣向でしょう」
丁寧な口調に混じる嘲笑。“彼”は知っている。獏良がどれほど恥かしい思いをしているか。
獏良は知っている・・・“彼”がどれほどこの状況を楽しんでいるか。
瞬きする事すら出来ないでいる獏良を飾る赤いリボン。
端は“彼”が持ったままで。“彼”は動いた。それを獏良はただ、見つめていた。
「あ…、い・嫌…」
ここにきて、初めて獏良は声を出した。涙混じりの掠れた声を、かろうじて発した。
「いや…、いやだあ…っ」
力なく頭を振って訴えるが“彼”は見向きもしない。
慣れた手つきでリボンの端を、あろうことか電柱に巻きつけ、結んでしまったのだ。



引っ張って強さを確認し、満足げに頷くとあっさり獏良に背を向けた。
「あ……」
「じゃあな宿主さま。捨てられた惨めな子犬。せいぜい立派な紳士に、
優しい施しを受けることを願うんだな。まぁその格好じゃあ望みは薄いだろうがよ」
ヒャハハハ……
独特の笑いを残し“彼”は消えた、ひとり獏良は残された。赤いリボンを巻いた裸体のまま、人の行き交う町中に。

うそ……
うそだろ……
どうして……
どうして、こんな目に……

ことの始まりは数日前、平日のバレンタインデー。
沈着冷静・容姿端麗。獏良の人気は男女問わず高かった。
そんな中のバレンタインデーという一大イベントに、ここぞとばかりに獏良は集中攻撃を受けた。
バレンタインデーなどと言う、たかがイベントに全く興味を示さない“彼”の性格はよく知っているが、
獏良は今日の下校は急ぐつもりでいた。
バレンタインだろうが何だろうが、特別の気持ちがあろうが無かろうが、獏良が人と時間を過ごすことを
“彼”は極端に嫌う。
子供のような激しい独占欲を、獏良は知ってる。
囲まれたら付き合ってしまうことが判っているからこそ、獏良は家路を急いだ。
が、女の子たちも負けてはいない。先回りをして獏良を捉まえ、集団デートに持ち込んだのだ。
当り障りのない付き合いしかしていない。
一度腕を抱かれそうになったが、『他の子にも許さなきゃならなくなるから』と巧みに逃げた。
それでも“彼”は激怒した。女とデートをしたことそして、帰宅時間が“彼”の怒りに触れたのだ。
夕方を軽く過ぎ、夜と呼ばれる時間。帰宅は七時を超えていた・・・。
休日の土曜日を待って“彼”は行動を開始した。自分の心の部屋に獏良を放り込み、三時間の猶予を与えた。
『三時間だ。三時間で部屋から出ることができれば、何もしねぇ。今回のことは忘れてやるよ』
しかし獏良は出口を見つけれず、罰ゲームを受けた。それが今の状況・・・屋外への拘束放置である。
獏良は驚愕に見開かれた目を真っ直ぐ前に向けていた。逸らしたいのに逸らせない。


悪夢と思いたい、恐ろしい現実から。行き交う人々の中に放り出された、直視できない己の姿。
隠すものも何も無い。できることはただ二つ。
リボンの合い間から、晒されたままの自身を両手・両足で隠すことと、
このまま何事もなく全てが終わるのを願うこと。
刺すように冷たい空気が、獏良にこれは現実だと冷酷に教えてくる。
悔しさに唇を噛む。恥かしさに体が火照る。寒さをも感じないほどに体温が上がってゆく。
場所は間違いなくご近所さんだ。知ってる人が目前を行き過ぎてゆく。
恥かしい・・・体温が上がる。上昇していく。
心臓の鼓動が早くなる。頭に霧がかかる。息が荒くなる。
「あっ……、あ…あぁ……」
獏良は自身の変化に気が付いた。
「う……っ、ぁあ…」
体が震える。寒いからではない、むしろ逆で熱いぐらいなのだ。
体の芯に灯った炎。欲望という名の鮮やかな炎が内で燃える。
燃えて広がり、自身の体を焼き尽くそうとしている。
「…バ」
無意識に呼びそうになった名に気付き、獏良は唇を噛んで飲み込んだ。
“彼”はどこかで自分を見ている。恥辱に染まる自分を見て楽しんでいる。
ここで“彼”の名を呼ぼうものなら、どんなに楽しい表情を見せてくるか。
そうしてどんなに優しく触れてくるか。それが獏良をどれだけ追い詰めるか知っていて、“彼”は触れてくるのだ。
そっと壊れ物を扱うように、優しく、優しく・・・。
逃げ出したいが、リボンがそれの邪魔をする。
見られている。恥かしい。それなのに体が燃える。快楽を求め、全身が悲鳴を上げる。
もうだめだ・・・
既に胸の突起はピンと立ち、下の口は淫らな汁がにじみでていた。
…………………………バクラ……
堪えた。かろうじて声に出すことは堪えた。
けれど、名を呼ぶことで存在を意識してしまい、体が“彼”を思い出す。
その手の感触。乱暴な愛撫。耳元で囁かれる低い声。
大きく硬くなって存在を主張するクリトリスに、獏良は爪を引っ掛けた。
「ぁ……」
痺れに似た何かが背筋を駆け上がった。
だめ…もうだめ……
名を呼んで言葉を言えば、“彼”は自分を解放してくれる。
飢えた獣となって、自分を貪り骨までしゃぶり尽くしてくれるだろう。


あぁ………バクラ…
全身が悲鳴を上げる。“彼”が欲しいと泣き叫ぶ。・・・視界の端に犬が映った。薄汚い野良犬だ。
犬と目が合った。獏良の体が、緊張に固まる。それはほんの一秒ほどだったか。
犬の方が視線を逸らせた。逸らせたというより。何も見ていないと言うように。
獏良はようやっと気が付いた。
目前を行き交う人々。多いわけではないが、少なくもない人数が通り過ぎているというのに、誰も自分を見ない。
変な人と目を会わす事を、避けている風ではない。決して違う。誰もが素通りして行く、
そんな人々の様子に獏良は覚えがあった。町に出てる間、側に必ず居る“彼”に対するものと全く同じ。
獏良は知った。
そうだ、みんなからボクは見えていないんだ……っ!

「チッ」
“彼”は苛立ちを隠せない。
「さすがはオレの宿主さまってとこか。こんなに早く気付くとはな」
壁の影に身を潜めて、“彼”は宿主を眺めていた。
「お楽しみはここまでか・・・。詰まらねぇな」
恥辱に染まった身体に、怯える目。それらは直ぐにも消えるだろう。
見られていないと判れば、冷静になれる宿主だ。
宿主を連れ戻すため、塀の影から出た“彼”は、一歩を踏み出しただけで足を止めた。
大概のことには動じることがない“彼”も、さすがに目を見開かずにはいられない。
飛び込んできた光景、視線の先にいる宿主。
隠すために股間に置いた手が動いている。上下に何かを擦るように。
「驚いた…っ! 宿主、マスかいてやがる」
“彼”は知った。
リボンの合い間から覗く、朱に染まった体は恥によるものではなく、快楽。
濡れた目は、欲望に支配されたためだったのだ。と。
「へ〜〜え、面白ぇ」
“彼”は笑った。見たもの全てを震え上がらせる、陰惨な笑みを浮かべて。
「いいぜ宿主さま、条件を変えてやろうじゃねぇの。一人でイけたら直ぐに解放してやるよ」
自身の指を口に含み、さも美味しそうにじっとりと舐めた。


「さて、この手を欲しがらずどこまでデキるか。じっくり見物させてもらうぜ」
“彼”は再びその姿を隠した。

見られていないけれど景色はよく見知ったもので、恥かしい。体が火照って興奮が嵐となって吹き荒れる。
欲しい・・・あいつが欲しい…ッ!
獏良は手の動きを早くする。“彼”にはきっと見られてる。視線を感じる。
縛るリボンのきつさが獏良の性欲を刺激しつづける。リボンの巻かれている場所、
その締め付け具合は絶妙なものだった。
その体を知り尽くした者だけができる芸当。微妙な快感を獏良にもたらす。
「……っは…」
獏良は甘い吐息に声を乗せた。
「はっ…あ、あ…っ」
チロリ…
舌を覗かせ、上唇を舐め下唇を舐める。唾液に濡れた唇が光を反射させた。
そのまま舌は咥内に帰らない。何かを求めて宙を彷徨う。
ツ・・
舌先から銀の雫が落ちるが、獏良は気にも留めず、求め続ける。舐め上げるような舌の動き。
「宿主…っ」
判る…っ。判らないはずがない。“彼”は唸った。
「宿主のやろう。オレ様を舐めてやがる」
“彼”は拳を握った。
もちろんそこにソレは無い。今までの“彼”との交わりを思い出し、獏良は空想の中で
“彼”に奉仕しているのだ。
欲しくて堪らないものを舐めている。
「くっ・・・、宿主。オレを呼べ。お前がくれたオレ様の名を呼べよ…ッ。
言葉を言えば、直ぐにオレ様をくれてやるぜッ」

「バ……バクラ…」
熱にうなされたような獏良の呼びかけにバクラは応えた。姿を見せ、獏良の前に膝をつく。
「宿主」
「あ…バクラぁ……」
待ち望んだ姿に獏良は溢れる涙を流した。快楽に染まった世界には不釣合いなほどに、透き通った涙。
バクラは拭ってやりたい衝動に駆られたが、拳を堅く握る事で腕の動きを封じた。静かに宿主を待つ。


「ご……。…………ごめんなさい…っ」
一度言ってしまえば、後は楽だった。
「ごめんなさいバクラぁ…。ボクが悪かったんだ。もう二度と、誰とも付き合ったりしないから、
お願いボクを赦して…っ」
涙まじりに獏良は必死で訴える。髪を振り乱し、息を吸うことも忘れて、心の底から許しを請う。
「ごめんなさいバクラ…。ごんなさい、ごめんなさい…。約束するから、赦して…ください……」
宿主…
「バクラぁ。ねぇ、どうして何も言ってくれないの。まだ、怒ってるの? 本当に何もしてないよ、
体にも触らせていない。楽しい思いなんて一切してない。バクラぁ、信じてよ……ぉ」
「宿主。キスしてきな。舌を入れてオレ様を吸うんだよ」
獏良は行動した。拘束され自由が利かず、バランスも取れない体は、バクラにもたれ掛かることで支えられる。
都合の悪い体を必死に伸ばし、唇を合わせ舌を入れる。バクラの咥内を荒らして回って、舌を探し出した。
絡めて捕らえて強く吸う。
ピチャ、チュク・・・
絡み合う、粘る唾液の音が響くのにそう時間は掛からない。
「ふっ…ぅ」
バクラは獏良の肩を掴んで離し、舌を引き出させた。
「バクラ…?」
途端に不安に名を呼んでくる宿主をバクラは正面から見据える。
「辛いか?」 何を、とは言わない。
「うん辛い」 即答する獏良も聞かない。
「イきたいか…?」
「イきたいっ…」
獏良はリボンで一まとめにされたままの両腕を、ぎこちなく動かしてバクラの股間に当てた。
ジーパンの上から撫で上げると、そこは既に硬い。
「くすくす…」
楽しそうな笑いが、形のいい口から洩れた。
「ほらぁ…。辛いんでしょう? バクラだって…」
下から見上げてくる魂の宿主。優しい目は情欲に濡れている。
「こ〜んなになってるよ…」
口から覗く赤い舌は、トロリと唾液を絡ませている。
ゾク…っ
バクラの全身を何かが駆けた。


「ねぇバクラ…ぁ。これをね…」  ぎゅ・・・と獏良はそれを両手で握った。
「ボクの中に打ち込んで…」  かろうじてバクラに残っていた理性の欠片が、
「バクラの手で…」  音を立てて落ち、
「ボクをめちゃくちゃにして…っ」  消えた。

「んっ・…ふっ…」
バクラは獏良にキスをした。腰に手を回し抱き寄せて、深く口を合わせる。
口付けながら獏良を押し倒す。その最中、バクラは一度、指を鳴らした。

口付けられ目を閉じていた獏良にも、今度は何が起こったのか判った。世界が元に戻ったのだ。
暗い暗い、どこまでも続く闇の世界。バクラが支配する心の領域。冷たく寂しい孤独の空間。
獏良は驚いたりしなかった。一度も外に出ていないのだと、既に知っているからだ。
行き交う人々、見知った町の風景、目を合わせた野良犬。全てバクラが外とリンクさせた幻想だった。
「は・…っ、あっ…」
暗い世界に二人きり。他には誰も居ない、何もない。あるのは二つの激しい想い。愛と欲望。
「あっ……」
心の世界に物質はない。バクラも衣服は視覚から消し去り、獏良に覆い被さっている。
背には、ふわんとした柔らかさ。獏良はベッドに押し倒されていた。
「っん…」
しかし獏良はまだ拘束されたままだ。リボンの合い間を縫ってバクラの舌が這う。
ねっとりした生暖かい舌が肝心なトコロを逸れて動く。敏感な場所は全てリボンに覆われていたのだ。
「あ…バクラぁ…。やだあ…もっと…ちゃんとやって…」
「仕方ねぇだろ、リボン邪魔なんだからよ」
あっさりと返されてしまう。・・・獏良は悶える。
「ねぇ、だったら取ってよ。もう充分でしょ…っ」
バクラが肌に歯を立てた。
「あ…っ、やだそこじゃない…」
上なのに。ほんのちょっとだけ、上なのに・・・。
「あ・・・あ・・・バクラぁ・・・。も、赦して・・・」
獏良は泣いて言葉を訴える。


「リボンとって…、ちゃんとボクを抱いて…っ」
涙と唾液で顔を汚し、髪を振り乱して快楽を求める宿主は、――綺麗――だった。
「注文の多い宿主さまだ」
バクラはリボンをずらしそこに口付た。唾液に濡らした舌を這わせる。
「ああ…っ…」
待ちかねたように、気持ちのいい快楽の声が響いた。背を仰け反らせて快楽をやり過ごす。
焦らしに焦らされて悶える宿主は、バクラの性を刺激する。バクラの息も荒い。
くそっ…。鬱陶しい。目の端に険呑な光が宿った。邪魔だこいつ…ッ!
宿主の美味しいところに喰らいつきたい。舐めて吸って歯を立てて、貪り喰いたい…ッ。
バクラはとうとうリボンも消した。
閉じられていた足を一気に開かせ自身の体を割り込ませる。
全身を締め付けるリボンから解放された事に安堵するのも束の間、強引なバクラに
獏良は緊張を隠せない。頬を撫でられて、汗で顔に張り付いた髪を払われていながらも、
もう片方の手は忙しなく獏良を徘徊する。
腰の愛撫に翻弄される。ふくよかな胸をもまれ、固くなった乳首を吸われて恥かしい声が出る。
少しずつ少しずつでも確実にバクラの愛撫は下っていく・・・そうして。
「あ……っ」
濡れそぼったそこに触れた感触。バクラの指がいやらしい音を立てて入ってくる。
中を掻き回し、敏感な場所を指の腹で擦る。その度にシーツが快楽の波をうつ。
あ…もういや……
シーツを乱して獏良は悶える。複雑な動きをする、器用な指もイイ。
けれど、物足りない。開かれた道に細い指ではもどかしい。
ああ…もっともっと。もっとたくさん擦って……っ。
バクラも限界にきていることが解った。
息は荒く、指の動きも激しさを増している。それでも言わなきゃ、バクラはその先へイってくれないだろう。
獏良を辱めるためなら、自分の欲望すら殺せる男だ。彼の思い通りになるなんて
悔しくて仕方が無い。だけど。
「ああ…っ、バクラぁ。指、もう嫌…ぁ」
「指が嫌なら何ならいいんだ?」
本当に強情な宿主さまだぜ。やっと言いやがったか。焦らす余裕なんて本当は全く無い。
すぐにも、このモノ欲しげにひくつく口に、突っ込んでやりたい。
オレ様に合わせて揺れる淫靡な腰を味わいたい。
だが…、くそっ。どっちが飼い主か分からせてやらねぇと。


「おいどうしたよ宿主さま。ナニが欲しいのか言ってみな」
グイッ…
指を一気に奥まで挿入してやる。もどかしそうに宿主は背を仰け反らせた。
届いてねぇ筈だぜ、アレじゃなきゃあな。宿主がオレを見た。
「ああ…バクラの…、太くて硬いモノを・…入れて早く……っ!」
指が引き抜かれた。涙で曇った獏良の視界に白い足。
バクラの肩に掛けられた自分の足だと解って、恥かしさに獏良は顔を背ける。
グ…ッ
「あ…、あっ、ああ…ッ…!」
間髪入れず挿入された、指とは比べ物にならない肉質の圧迫感に、獏良は白い喉を見せる。
ググッ……
道を塞ぎ、壁全てを擦って挿る。グリグリ回してねじ込まれていく。
ズッ…プ…
「全部喰わせてやったぜ…。美味いか? 宿主さまァ」
「うん…すっごく……」
恥かしい。だけど本当の事。密着させた下半身の接合部分が、トロトロに熱い。
「さぁここでクイズだ…。中にいるのは誰だ?」
中で大きなモノが、熱く脈動している。ドクン…、ドクン…と、体に響く。
「……バクラぁ」
「聞こえねぇな」
「バクラバクラバクラ…」
繋がったまま、泣いて縋る獏良の髪をバクラが梳いた。
「美味しいものくれるんだったらオレじゃなくてもいいんじゃないか?」
いやぁッ!  獏良は悲鳴を上げる。
「バクラじゃないと嫌だ、バクラ以外いは嫌だよ…っ。お願い赦してっ…! バクラぁバクラぁ」
額に一つ、口付け落としそのまま舌を這わせて耳に向かった。
ねちゃ…
淫猥な音をわざと聞かせながら、耳朶を甘噛みしてやると「あ…っ」と小さな声が洩れた。


「お前は誰の物だ」
「バクラぁ」
「いいご返事に、ご褒美だ」
バクラは腰を引いた。
「…あ、ダメ…っ!」
抜ける…っ
獏良が慌てて喰い付こうとするが間に合わなかった。
けれどソレは抜ける直前に止まり、再び侵入を開始する。
抜き差しを繰り返す。
ゆっくり壁を擦っていたと思うと、突然激しく突き上げる。
「あっ…あっ…、あっン……っ」
バクラのリズムに合わせ、獏良の腰が揺れる。泣きながらの嬌声が、バクラを溶かす。
イイトコロを擦ってやると、締め付けてくる。キツイ快感にイきそうになる。
まさにデュエルだった。バクラが急所を貫くと獏良が快感に喘ぐ。
次のターン。獏良が的確な場所を締め付けバクラが堪えきれず声を洩らす。
「くっ…」
バクラの声が聞こえたのか、獏良が妖艶な笑みを浮かべて目を開けた。
「バクラ…感じてるみたいだね…」
「てめぇこそ余裕あるみたいだな」
一思いに貫いた。
「ああッ…!!」
洩れる声が恥かしい。
バクラの肩で揺れる、自分の足も恥かしい。喘ぐ自分を見られているのも恥かしい。
自分にこんな一面があることも恥かしい。何もかもが恥かしくって堪らないのに、気持ちいい。
見ているのも、淫らな自分を引き出しているのもバクラだと思うと、全てが快感に変わる。
顔を上げるとバクラが見える。汗を光らせ息も荒く、ただ無我夢中に自分の体を貪っている。
ふと目が合った。どちらとも無く唇を寄せて口付ける。上も下も絡み合い、淫らな音を響かせる。
「あっ…あっ…イイ…バクラ…ぁ」
「…っは……。オ、レ様もだぜ…。イイぜぇ…宿主サマ。最高だ……」
擦りあう欲望、溶け合う想い。二人しか居ない世界。二人さえ居ればいい世界。
「あっ…あっ…バクラ…ぁ、もう、イ、イク……ッ!」
高い叫びと共に、獏良の締め付けが一段ときつくなった。


「ク…ッ、オレも…!」
食いちぎられそうなそれを受けて、バクラも獏良の中に放った。

「バクラ…」
ずるり・・・
中から肉欲を引きぬき、バクラは獏良の頭を腕に乗せて、ベッドに転がった。
獏良は力なくベッドに横たわった。
痺れる体を何とか動かして、バクラに擦り寄る。中に残ったままのバクラを感じた。
「んっ…」
「どうした宿主?」
僅かな動揺にも気付いてくれるバクラに、獏良は小さな優しさを知る。
―――体内に残ったバクラの精液を感じました―――
とは言えるはずも無く、獏良は黙って胸に顔を埋める。けれどバクラには気付かれていた。
背を撫でてた手が、つ・・・っと下に下がっていき、双丘を割って秘部に触れた。
「あっ…、だめ……」
「出してやろうとしてんだ、大人しくしてろ」
獏良は首を振る。
「いいよ…そのままで。どうせ“体”のことじゃないしさ」
「そうかい」
今まさに入ろうとしていた指を、バクラはあっさりと下げた。
「バクラ。あの」
その言葉はバクラに飲まれた。静かにそっと、触れるだけの口付けを受ける。
この(女の)体だからこそできる行為。
「もういいぜ。充分美味しいトコロを堪能したからな。だが、二度は許さねぇ」
「うん…。解ってる…。……ね、バクラ? ボク寝てもいい?」
「ああ」
髪を撫でる手が優しくて、気持ち良さに獏良は目を閉じた。


2004年4月30日うp
※02/09/08 14:36〜02/09/11 16:04
上記期間ドロー1スレに連載

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